第一章 最近のハンバーグについて
こんにちは!私はハンバーグが好きです!
突然ですが以下のような文章を見たことはないでしょうか。
「WordPress へようこそ。こちらは最初の投稿です。編集または削除し、コンテンツ作成を始めてください。」
そうです、ハンバーグよりもWordPressが好きな人が発しだした言葉です。
世の中はなんとも不思議な物であり、ハンバーグよりもWordpressが好きな人が一定数いるという研究がハンバーグスッテン大学のアイビキニク教授の研究によって分かっています。
私としてはハンバーグよりもWordpressが好きというのは何とも許しがたいものなのですが、最近多様性を尊重しなさいとハンバーグスッテン大学のコショウショウショウ学長よりお達しが来てしまっているので、この話はいったんしまっておきましょう。
話を戻しまして、なぜこの話題を出したかというと、最近ハンバーグ業界にWordpressの波が押し寄せていて個人的に危機感を持っているという話です。
長年ハンバーグ業界では、手作業で作ることによっておいしさを保ってきました。
しかし、Wordpressができてから編集や削除、作成が簡単にできるようになってしまい、愛情を込めるのが難しくなってしまったのです。
ハンバーグに愛情はとても重要なものです。経営者はコストを重視し愛情を無視し始めている傾向にあります。
皆さんもハンバーグは愛情をこめていただけるととてもうれしいです。
第二章 下書きのまま焼かれたハンバーグ
前回、ハンバーグ業界にWordPressの波が押し寄せているという話をしました。
あれから数日、私の元には複数のハンバーグ経営者から連絡が入りました。
内容はだいたい同じです。
「愛情の入力欄が見当たりません」
どうやら最新のハンバーグ管理画面では、愛情は「高度な設定」に折りたたまれてしまったようです。
しかもデフォルトではオフです。
ハンバーグスッテン大学のアイビキニク教授は、これを「愛情UXの後退」と呼びました。
一方で、WordPressが好きな人たちは言います。
「愛情はあとから追加できます」
「とりあえず公開しましょう」
この「とりあえず公開」が問題なのです。
ハンバーグは本来、下書きのまま一晩寝かせることで、自分がハンバーグであるという自覚を持ちます。
しかし即時公開されたハンバーグは、自分が何者なのか分からないまま皿に出てきます。
結果として、外見はハンバーグなのに、内面は投稿です。
最近では「固定ページハンバーグ」や「カテゴリ未設定ハンバーグ」も増えてきました。
中にはタグだけが大量についているハンバーグもあります。
味はしません。
コストを重視する経営者たちは、「人がこねるよりテンプレートの方が安定する」と言いながら、ついにハンバーグを量産し始めました。
それらはすべて同じ味で、同じ形で、同じ気持ちをしていません。
私はこの状況に耐えきれず、ハンバーグスッテン大学のコショウショウショウ学長に直談判しました。
学長はこう言いました。
「多様性とは、ハンバーグよりWordPressが好きな人を許すことではなく、ハンバーグがハンバーグでいられる余地を残すことです」
その言葉を聞いた瞬間、私の目の前にあったハンバーグが、そっと自分でひっくり返りました。
おそらく、愛情が入っていたのだと思います。
皆さんもどうか、編集や削除が簡単な時代だからこそ、一度、保存せずにこねてみてください。
失敗してもいいのです。
ハンバーグは、公開前に迷った分だけ、おいしくなります。
第三章 プレビューで生きるハンバーグ
それからというもの、私は一つの疑問を抱くようになりました。
――なぜハンバーグは、完成する前に見られたがるのか。
ある日、厨房の片隅でひっそりと佇むハンバーグに出会いました。
「プレビュー中なんです」
彼はまだ何者でもない状態で、「それっぽさ」だけを評価され続けていました。
「完成って、どこからですか?」
その問いに、私は答えられませんでした。
プレビューに依存したハンバーグは、覚悟を持つ機会を失ってしまったのです。
焼かれる瞬間にこそ、ハンバーグは自分を決定します。
しかし彼らは、その瞬間を迎えられません。
やがて彼は姿を消しました。
ただその問いだけが、私の中に残りました。
第四章 コメント欄に沈むハンバーグ
プレビューの段階を乗り越え、ようやく皿の上に辿り着いたハンバーグたちは、なぜか安堵していませんでした。
むしろ彼らは、どこか落ち着かない様子で、常に“その先”を気にしているのです。
「どうしたんだい」
私がそう尋ねると、一つのハンバーグが小さく答えました。
「コメントを、待っています」
彼らにとって公開とは終わりではなく、始まりでもありませんでした。
それはただ、“評価される準備が整った状態”に過ぎなかったのです。
「美味しかったです」
「ちょっと味が薄いかも」
「昔のハンバーグの方が良かった」
それらの言葉は一見やさしく、時に鋭く、確実に彼らの内部へと染み込んでいきます。
そしていつしか、ハンバーグ自身が“他人の言葉でできた存在”になっていくのです。
あるハンバーグは、コメントが一つもつかないまま時間だけが過ぎていきました。
湯気は消え、肉汁は落ち着き、やがて温度だけが静かに失われていきます。
否定されないということは、肯定されないということでもあります。
それは決して穏やかな沈黙ではなく、ゆっくりと沈んでいくような感覚でした。
一方で、コメントが大量についたハンバーグも存在しました。
しかしその多くは、「いいね」の数だけが増え、実際には誰も口にしていませんでした。
私はその光景を見て、ふと思いました。
――これはもう、ハンバーグではなく、話題なのではないか。
話題は消費されますが、食事とは違います。
満たすのは胃ではなく、関心です。
その日、私は一つの決断をしました。
コメント欄を閉じたハンバーグを、作ってみることにしたのです。
焼き上げ、皿に乗せ、ただ静かに置く。
評価もなく、通知もなく、ただ“そこにある”という状態。
最初は不安でした。
誰にも触れられないのではないか。
存在しないのと同じになってしまうのではないか。
しかし一口食べた瞬間、私は確信しました。
これは確かに、ハンバーグだと。
評価の前に、味がある。
言葉の前に、温度がある。
そして何より、そこには“誰かの手”が確かに残っていました。
第五章 アップデートされるハンバーグ
ある日、ハンバーグ業界全体に一通の通知が届きました。
「ハンバーグ 2.0 がリリースされました」
内容は極めて合理的でした。
焼き時間の最適化。
自動味付け機能。
愛情パラメータの数値化。
そして、後からの味変更。
それらはすべて、“正しさ”で構成されていました。
現場は歓喜しました。
失敗しないということは、安心できるということです。
再現性があるということは、説明できるということです。
やがて、ハンバーグは迷わなくなりました。
焼き加減は常に適切で、味は常に平均的で、誰が作っても同じ結果が出ます。
しかし私は、その均一さの中に、奇妙な静けさを感じていました。
ある日、私はアップデートされたハンバーグを口にしました。
確かに美味しい。
だが、どこにも引っかからない。
記憶に残るための“余白”が存在しないのです。
ハンバーグとは、本来少しだけ不完全なものです。
火の通りが微妙に違ったり、味がわずかに揺らいだりする。
その誤差の中に、人の存在が宿るのです。
しかしハンバーグ 2.0 には、それがありませんでした。
さらに恐ろしいのは、「後から味を変更できる」という仕様です。
それはつまり、過去が固定されないということです。
あの時の味も、あの時の体験も、後から書き換えることができるのです。
それはハンバーグの進化ではなく、記憶の改変でした。
私は再び、学長のもとを訪れました。
学長は静かに言いました。
「進化とは、すべてを整えることではありません」
「何を残すかを選ぶことです」
その言葉を聞いたとき、私はようやく理解しました。
ハンバーグに必要なのは、最適化ではなく、揺らぎなのだと。
その夜、私はアップデートを適用せずに、一つのハンバーグを焼きました。
少しだけ焦げ、少しだけ味が強く、しかし確かにそこにあるハンバーグ。
それは完璧ではありませんでした。
けれど、確実に記憶に残りました。
もしかすると――
忘れられないハンバーグとは、
最適化されなかったハンバーグなのかもしれません。